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はじめに:「おかえり」の代わりに届いた登記簿
「ねえ、あの家、どうするの?」
父が亡くなった翌月、姉からそう聞かれたとき、正直、何も考えていなかった。
母が遺した庭、父が晩年まで手入れしていた畑。
そこに思い出はあっても、「相続」なんて、遠い世界の話だと思っていた。
でも、現実は静かに迫ってきた。
土地を受け継ぐとは、想い出を守ることじゃない。
税金と手続きと、時には家族の争いと向き合う「責任」そのものだった。
第1章:受け継ぐのは想い出だけじゃない
「田舎の土地なんて、ただでもいらない」と言う人がいる。
それは、ほんの少し前までの自分だった。
長野県の山あいにある父の実家。畑付きの70坪の土地。
不動産業者に電話すると、あっさり「買い手はほとんどつきません」と断られた。
固定資産税:年4.5万円。
売却不能。
草刈り業者に頼むと1回あたり1万8千円。
放置すればクレームが来る。
でも手放すにも条件がいる。
何もしなくても、お金が出ていく。
それが“土地相続”のリアルな始まりだった。
第2章:見えない「境界」が心を分ける
現地に行ったのは、5年ぶりだった。
隣の家のフェンスが、うちの敷地に入り込んでいることに気づいたのは、草を刈った後のことだった。
「お隣さんとは昔から仲良しだった」と母は言っていたけれど、相手はもう代替わりしている。
新しい隣人に聞けば、「うちの土地だと聞いていた」と返ってきた。
調査の結果、境界が曖昧なまま50年以上放置されていたことがわかった。
測量士に依頼し、費用は約45万円。
境界確定の手続きだけで、半年近くかかった。
第3章:法務局の静かな壁──登記簿が語る“過去の忘れもの”
遺言には「土地は長男が継げ」と書かれていた。
でも、登記簿には祖父の名がまだ残っていた。
つまり、父から自分へではなく、祖父からの二段階相続が必要ということ。
必要書類は:
- 祖父の除籍謄本
- 父の戸籍謄本
- 相続人全員の戸籍一式
- 評価証明書、固定資産税納税通知書
- 相続関係説明図
これらを集めるのに、2ヶ月半。
司法書士に依頼したら、費用は約13万円。
しかも、2024年4月から相続登記は義務化された。
3年以内に登記しないと10万円以下の過料が科されることも。
第4章:家族という“共同体”の限界
「売ろうよ、こんな土地」
そう言ったのは姉だった。
私は思わず反発した。
「母さんの庭だったじゃないか」
「だから?もう誰も住まないのよ」
売却するには相続人全員の同意が必要。
私と姉だけならよかった。でも問題は――弟だった。
連絡が取れない。
東京で働いていたはずだが、連絡先も知らない。
これでは共有名義にできないし、売却にも進めない。
やむなく家庭裁判所に調停を申し立てた。
裁判所を通じて連絡が取れ、調停成立までに1年3ヶ月。
費用と心労は、想像以上だった。
第5章:税金という“名もなき負債”
やっとの思いで名義変更を終えたのに、翌月には「納税通知書」が届いた。
固定資産税:年額48,000円。
未登記だった期間の遡及請求はなかったが、
「来年から草刈りしてください」と市役所からの指導も。
草刈り業者に頼めば年2回で3万円。
自分でやるには、道具・時間・移動コストがのしかかる。
MEMO:
空き家・空き地を放置して「管理不全土地」に指定されると、
行政代執行で費用を請求されるケースもある。
→ 青森県では、空き地の不法投棄対策で年間200件の行政警告。
第6章:「国に返す」ハードルの高さ
「もう国に引き取ってもらえないのか?」
2023年に始まった「相続土地国庫帰属制度」。
条件を満たせば、土地を国に引き取ってもらえるが…
- 隣接トラブルがないこと
- 建物がないこと
- 地盤沈下・汚染がないこと
- 権利関係が明確であること
うちの土地は「越境フェンスあり」でアウトだった。
費用の目安:
申請手数料:14,000円
審査後の負担金:10万円前後
審査に約5ヶ月。
結局、不適格通知で「却下」となった。
第7章:涙の売却、その前に“ありがとう”を言う儀式
売却を決めた日は、家族全員で実家に集まった。
小さな「さよなら会」を開いた。
母が育てた紫陽花の写真を撮り、
父の畑の隅にある井戸に、みんなで手を合わせた。
エピソード:
地元の神主さんにお願いして「家じまい」の祝詞をあげてもらった。
費用:1万円+御神酒代
地域のNPOに連絡して、家具を寄付し、感謝の手紙を添えた。
“感情”も“責任”も手放して、ようやく次に進めた。
第8章:想い出を「言葉」と「形」で残す方法
土地を手放すのは、心をちぎるようなことだった。
でも、想い出は手放さなくていい。
アルバム、動画、ボイスメモ、LINEアルバム。
どんな方法でもいいから、言葉にして「残す」。
おすすめ:
- Googleフォトで「家族の想い出アルバム」を作る
- 写真にナレーションを入れてYouTubeに限定公開
- 家系図アプリで親のルーツを残す
「相続」が、「記録」と「共有」のきっかけになれば――
それはきっと、土地以上に尊い財産だ。
終章:受け継ぐということは、つなぐこと
父の庭には、もう草も花もない。
けれど私の中では、あの紫陽花が今も咲いている。
土地相続は難しい。
知識も、根気も、感情の整理も必要だ。
でも、
「これは私たちの物語の一部なんだ」
そう思えたとき、初めて、前を向けた気がする。
【おわりに】
相続とは、単なる“財産”の話ではない。
それは、“命”のバトンを、次の世代へ渡すということ。
その重みと温もりを、この記事が少しでも伝えられたのなら、
書いた意味があったと思います。