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序章:その日、世界の音が変わった気がした
父が亡くなった日、外は晴れていた。
けれど、耳に届くはずの鳥のさえずりも、木々のざわめきも、どこか遠くに感じた。
世界が、音を失ったように静まり返り、自分だけがその静けさに取り残されているようだった。
「父がいない世界」──
それがどういう意味なのか、本当の意味で知ったのは、その日からしばらく経ってからだった。
第1章:父という存在の重さに気づいたのは、失ったあとだった
家に帰ると、いつも同じ位置にいた。
リビングの右端、テレビのリモコンを握りしめながら、無言でニュースを見ていた父。
無口で、あまり感情を表に出さず、怒るときは声を荒げるタイプでもなかった。
そんな父が亡くなって初めて、私たち家族は「家の空気のバランス」を失った。
父は喋らなくても、家族を支えていた。
無言の存在感が、家の柱のように日常を支えていたのだ。
それが崩れると、何もかもが歪んで見えた。
第2章:言えなかった「ありがとう」と「ごめんね」
父に「ありがとう」をちゃんと伝えたことがあっただろうか?
反抗期の私は、「ありがとう」より「うるさいよ」の方が多かった気がする。
父に「ごめんね」と謝った記憶もない。
遅く帰った日、迎えに来てくれたのに、「何で来たの」と文句を言ったことはあるのに。
──人は、失ってからしか気づけないことがある。
それは「当たり前にいた人」が、実は奇跡のような存在だったということ。
第3章:父を亡くすと、世界はどう見えるようになるのか
父を亡くしてから、私は一気に「老けた」と言われるようになった。
いや、老けたのではなく、目つきが変わったのかもしれない。
この世には「片親を亡くした人」と「まだ両親が健在な人」という2種類の人間がいる。
そう思うほど、価値観が変わる。
電車で父と談笑している親子を見て、微笑ましいと思う反面、胸がぎゅっと締めつけられる。
父の日のCMが流れるたびに、テレビを消したくなる。
でも、それでいい。
失ったからこそ、世界の「ありがたさ」に敏感になれた。
第4章:心にぽっかり空いた穴に、何を入れるのか
喪失の穴は、時間が経っても完全には塞がらない。
「父なら何て言うだろう」
「父ならどう判断するだろう」
そうやって、いない父に今でも相談している自分がいる。
でも、ふと思った。
それって、父が今も自分の中に生きているということなのかもしれない、と。
喪失は、悲しみの象徴ではなく、記憶の継承の入口になる。
第5章:父から学んだ「生き方」という財産
父はよく言っていた。
「人生は一度きり。自分のために使え」と。
当時はその言葉の意味がわからなかった。
でも今なら、少しだけわかる気がする。
父の生き方は不器用だった。
でも、家族のために黙々と働き、愚痴も言わず、静かに去っていった。
その背中は、言葉以上に「大切なこと」を教えてくれた。
「人生は派手でなくてもいい、誠実であれ」と。
第6章:父を亡くした人が、他人にやさしくなれる理由
父を亡くした人は、他人の悲しみに敏感になる。
それは、自分が悲しみの底を知っているから。
電車で泣いている人がいたら、そっと離れるようになった。
友人が親を亡くしたとき、言葉が出てこなかった。でも、そっと背中をさすった。
失った人しか出せない“やさしさ”がある。
それは、父が最後に遺してくれた「心の財産」かもしれない。
第7章:父を失ってから、強くなった自分がいる
父がいた頃は、私はどこか“守られていた”。
何かあっても、最終的には「父が何とかしてくれる」と思っていた。
でも、もうそれはできない。
だから、自分が「父のようになる」しかなかった。
頼られる存在になるために、逃げずに立ち向かうようになった。
弱さを見せず、でも優しさは持ち続けるようになった。
父を亡くしたことで、私は「大人」になったのかもしれない。
第8章:もしも、いま父に会えたら
きっと、言葉は詰まってしまう。
でも、まず最初に言いたいのは、やっぱりこうだ。
「ありがとう」
その一言を、何度も何度も伝えたい。
父がいた人生は、きっと一番の“贈り物”だった。
終章:父を亡くした人へ、これから父を失う誰かへ
このブログを読んでくれてありがとう。
あなたが父を亡くした人であるなら、今どんな思いで読んでいるだろうか。
まだ生きていて、何となく未来のことを考えている人なら、どうかこの言葉を覚えていてほしい。
「父は、生きているときだけが父ではない」
「去ったあとも、自分の心の中に住み続けている」
そう思えたとき、喪失の痛みは、やがて希望に変わる。
あなたが父を思い出すたびに、今日もまた一歩、新しい人生を歩き始めている。
静かだけれど、確かに前へと。