あの人がまぶしい理由

なぜ、人は惹かれるのだろう。

すれ違う一瞬に、
胸の奥がふいに騒ぐことがある。

風が髪を揺らしただけなのに。
背筋を伸ばして歩いていただけなのに。
光の中で、その輪郭が少し輝いただけなのに。

それだけで世界は、
急に音量を変える。

街のざわめきが遠のき、
信号の色も、ビルの窓も、
誰かの笑い声さえ背景になって、
ただその人だけが、
まるで物語の中心に立っているように見える。

スタイルの良い人は、なぜあんなにも魅力的なのだろう。

それはきっと、
身体の形だけではない。

歩き方に、生活が出る。
姿勢に、心の張りが出る。
視線の向け方に、
自分をどう扱ってきたかが少しだけ滲む。

もちろん、人は見た目に心を奪われる。
それは浅いことなのかもしれない。
けれど同時に、どうしようもなく人間らしいことでもある。

目は、美しいものを探してしまう。
心は、整ったものに引き寄せられてしまう。
身体は、自分でも説明できない速さで、
「好きかもしれない」と先に反応してしまう。

理性が追いつく前に、
鼓動だけが答えを出してしまう。

ああ、僕は今、惹かれているのだと。

けれど、そこで立ち止まりたい。

その人の美しさは、
僕のために存在しているわけではない。

その人の身体は、
誰かの視線を満たすためのものではない。

その人には、
その人の朝があり、
その人の疲れがあり、
その人の迷いがあり、
その人だけが抱えてきた夜がある。

まぶしい人ほど、
こちらは勝手に物語を作ってしまう。

きっと自信があるのだろう。
きっと強い人なのだろう。
きっと誰からも愛されているのだろう。

でも本当は、誰にもわからない。

笑顔の奥に、
誰にも見せない不安があるかもしれない。
美しい姿勢の裏に、
何度も崩れそうになった日々があるかもしれない。
軽やかな足取りの下に、
自分を保つための努力や孤独があるかもしれない。

人は、見えているよりずっと深い。

だから美しさに惹かれることを、
恥じなくていい。

でも、美しさだけでその人を閉じ込めてはいけない。

「あの子の心をつかみたい」と思う。
その気持ちは、たぶん恋の入口にある。

誰かに振り向いてほしい。
自分を見てほしい。
特別な存在として、
その人の世界に置いてほしい。

その願いは、切実で、少し幼くて、
けれどとても正直だ。

でも心は、つかむものなのだろうか。

鳥のように、
強く握れば傷ついてしまうものではないだろうか。

花のように、
無理に引き寄せれば散ってしまうものではないだろうか。

人の心は、攻略するものではない。
勝ち取る賞品でもない。
駆け引きで奪う宝石でもない。

心は、
安心できる場所にだけ、
少しずつ近づいてくる。

だからもし、あの人の心に近づきたいなら、
まず自分の心を整えることから始めたい。

見栄ではなく、誠実さを。
強がりではなく、余裕を。
言葉のうまさではなく、
ちゃんと相手を見るまなざしを。

きれいだと思ったなら、
その美しさを乱暴に消費するのではなく、
ひとりの人として尊重したい。

話したいと思ったなら、
自分の欲望だけを押しつけるのではなく、
相手の言葉を聞ける人でありたい。

近づきたいと思ったなら、
急いで距離を詰めるのではなく、
相手が安心してそこにいられる距離を知りたい。

魅力的な人に惹かれるとき、
僕たちは同時に試されているのかもしれない。

その人を、ただ欲しがるのか。
それとも、その人の自由ごと大切にできるのか。

見た目に心を奪われ、
そこから内面へと敬意を伸ばせるのか。

自分の寂しさを埋めるためではなく、
相手の幸せを本当に願えるのか。

恋は、欲望だけで始まることがある。
でも愛は、欲望だけでは続かない。

恋は、
「あの人がほしい」と叫ぶ。

愛は、
「あの人があの人らしくいられますように」と祈る。

その間にある長い道のりを、
人は不器用に歩いていく。

嫉妬したり、
期待しすぎたり、
かっこつけたり、
傷つくのが怖くて何でもないふりをしたり。

本当は、ただ一言、
「あなたのことをもっと知りたい」と言えたらいいのに。

人ってなんなのか。

きっと、矛盾のかたまりだ。

きれいなものに惹かれながら、
きれいな心でありたいと願う。

誰かを欲しがりながら、
誰かを自由にしてあげたいとも思う。

自分を見てほしいのに、
相手のことをちゃんと見られない夜もある。

強くなりたいのに、
好きな人の前ではひどく弱くなる。

だからこそ、人は愛おしい。

完璧ではないから、
近づこうとする。

わからないから、
知りたいと思う。

届かないかもしれないから、
言葉を探す。

あの人がまぶしいのは、
スタイルが良いからだけじゃない。

その人が、
僕の中に眠っていた憧れを起こすからだ。

もっと自分を磨きたい。
もっと優しい人になりたい。
もっと堂々と生きたい。
もっと誰かの隣に立てる自分でありたい。

そんな願いを、
その人の存在が呼び覚ますからだ。

だから、あの子の心をつかむ方法を探す前に、
あの子の前で恥じない自分になろう。

嘘で飾らず、
軽い言葉でごまかさず、
相手の美しさに浮かれすぎず、
相手の沈黙にも耳を澄ませる人に。

話しかけるなら、まっすぐに。
褒めるなら、品よく。
近づくなら、相手の歩幅を見ながら。
断られたなら、その自由も受け止めて。

それでも好きなら、
自分を乱さず、
自分を腐らせず、
その気持ちを少しずつ、
やわらかな光に変えていけばいい。

恋は、相手を追いかけるだけのものではない。
自分を育てる季節でもある。

あの人を見て胸が高鳴る。
その事実は、きっと悪いものじゃない。

ただ、その高鳴りを、
欲望だけで終わらせないこと。

憧れを、敬意へ。
視線を、言葉へ。
言葉を、思いやりへ。
思いやりを、信頼へ。

もしその道を歩けたなら、
たとえ恋が実らなかったとしても、
あなたは少しだけ良い人になっている。

そしてもし、
その人がふとこちらを向いて、
安心したように笑ってくれたなら。

そのとき初めて、
心はつかむものではなく、
そっと預けてもらうものなのだとわかる。

美しい人に惹かれる。
それは人間の入口。

その人をひとりの人として大切にする。
それが、恋の出口であり、
愛の始まりなのかもしれない。

今日も街には、
まぶしい人が歩いている。

胸は騒ぐ。
目は追ってしまう。
心は、どうしようもなく揺れる。

それでも僕は、
その揺れの中で、
少しだけましな自分を選びたい。

欲しがるだけの人ではなく、
大切にできる人に。

見惚れるだけの人ではなく、
向き合える人に。

あの子の心を奪うのではなく、
あの子が心を開いてもいいと思えるような、
静かで、誠実で、あたたかい人に。

それがきっと、
人を好きになるということ。

そして、
人として生きるということ。

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